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浦和地方裁判所 昭和56年(ワ)1258号 判決 1984年3月30日

原告 ヤマト織物株式会社

右代表者代表取締役 松原秀典

右訴訟代理人弁護士 石塚尚

原告 株式会社 麻友

右代表者代表取締役 清水俊吉

右訴訟代理人弁護士 川合善明

被告 三和産業株式会社

右代表者代表取締役 小林博

右訴訟代理人弁護士 櫻井英司

主文

一  債権者原告ら両名及び被告、債務者株式会社タイコー間の浦和地方裁判所昭和五六年(リ)第六七号配当等手続事件について同年一一月九日作成された配当表のうち被告の債権金二一六九万〇四一一円に対し金五一一万七一〇六円の配当額を定めた部分は全部取消し、原告ヤマト織物株式会社に対し金五二一万三八四二円を、同株式会社麻友に対し金一五〇万一一八三円を各配当する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  債権者原告両名及び被告、債務者株式会社タイコー(以下「タイコー」という。)間の浦和地方裁判所昭和五六年(リ)第六七号配当事件につき作成された配当表中、被告に対する配当額を取消したうえ、新たな配当表の作成を命ずる。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  債権者を原告両名及び被告、債務者をタイコーとする浦和地方裁判所昭和五六年(リ)第六七号配当事件(以下「本件配当事件」という。)について、昭和五六年一一月九日別紙のとおり配当表(以下「本件配当表」という。)が作成された。

2  原告らは、いずれも、昭和五六年一一月九日の配当期日に出頭して右配当表中被告の貸金債権額及び配当額の全部について異議の申立をした。

3  原告らの異議の理由は以下のとおりである。

(一) 《省略》

(二) 仮に、被告の届出債権と債務名義上の債権との間に同一性があるとしても、以下に述べるとおり、右債務名義上の債権は、被告とタイコーとの間で仮装された架空の債権である。また、右同日における契約が準消費貸借であるとしても、旧債務は架空の債権であり、存在しない。

その理由は、以下のとおりである。

(1) 被告は、貸付当時、大金であるのにもかかわらず、担保を設定することをしなかったうえ、債務の弁済期後になっても債権回収の措置をとることなく、タイコーの倒産(昭和五六年七月二五日)の二日後の同年七月二七日に至ってはじめて、本件公正証書を作成した。

(2) 貸付金額の二〇〇〇万円は、被告の営業規模や実績からすると、到底融資不可能な金額である。

すなわち、被告の当時の一か月当り平均売上額は、三〇〇〇万円ないし三五〇〇万円で、その粗利益額は四〇〇万円ないし四五〇万円にすぎないのにもかかわらず、被告は、昭和五五年一月から昭和五七年一月までの間、タイコーを含め他に約七七〇〇万円の貸付残高を有するというのである。しかし、金融業を目的としない、前記営業規模の被告にとって、このような貸付残高のあること自体不自然であり、実際には、タイコーを含め、他にこのような規模の貸付のできる状況ではなかったのである。

(三) 被告代表者小林博(以下「小林」という。)はタイコー代表者横坂欣之助(以下「横坂」という。)と極めて親密な友人関係にあり、かつて小林の自宅に横坂を同居させていた。

また、被告はタイコーから、その倒産前毎月約五〇〇万円程度商品を現金払で購入していた。

従って、被告は、タイコーの営業状態や返済能力をよく把握できる立場にあったのであり、タイコーの倒産後になって債権回収のため、本件公正証書を作成しなければならない状況ではなかった。

被告は、本件公正証書作成後の昭和五六年八月一三日には、右公正証書に執行文の付与を受け、同年九月三日には、配当の財源であるタイコーの川口信用金庫に対する六七二万五三五〇円の預託金返還請求権を差し押えた。

この間、原告らは横坂の所在をつかめず公示送達の方法でタイコーに対する判決正本を送達したが、被告だけは、横坂と連絡をとり続け、本件公正証書の謄本を通常の方法で送達していた。

(4) 被告主張の旧債務はいずれも存在しない。すなわち、

(ア) 被告主張の各貸付日にタイコーから被告宛振り出されたとする各約束手形は、それぞれその貸付日以前には川口信用金庫から発行されていなかったものであり、後に貸付の事実をこじつけるため作成されたものにすぎない。

(イ) 原告らが右(ア)の事実を指摘した準備書面(いずれも昭和五八年一月一四日付)は、昭和五八年二月五日ころ被告に送達された。

横坂は、当初予定されていた昭和五八年一月一四日の証人尋問期日に出頭せず、前記準備書面送達後の同年三月一八日になって出頭し、尋問されてもいないのに、前記の各約束手形はいずれも書換後のものであるとすすんで述べたうえ、書換の時期につき具体的な供述を行なった。

このような事実自体、被告が、証拠の矛盾を指摘され、横坂の供述によってつじつま合わせをしたものとしか考えられない。

4  よって、原告らは、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実について、(一)のうち債権計算書記載の債務名義の表示、弁済期、利息及び遅延損害金の割合、利息の起算日がいずれも本件公正証書の記載と同一であること、同計算書記載の債権発生日が本件公正証書の記載と異なることはいずれも認め、同一性がないとの主張は争う。(二)のうち冒頭の主張は争う。(二)の(1)のうち、被告が無担保で本件貸付をしたこと、昭和五六年七月二七日に本件公正証書を作成したことは認め、その余は争う。(二)の(2)は否認する。(二)の(3)のうち、小林と横坂が親しい関係にあって被告はタイコーと取引関係にあったこと、原告ら主張の日に本件公正証書に執行文付与を受け、タイコーの川口信用金庫に対する預託金返還請求権の差押命令が送達されたことは認め、その余は争う。(二)の(4)のうち、冒頭及び(ア)は否認する。(イ)のうち、原告ら主張の準備書面がその主張のころ被告に送達されたことは認め、その余は争う。

三  被告の主張

1  被告はタイコーに対し、別表のとおり、各金員を貸し付け、その元本合計額は二〇〇〇万円となった(以下「本件各債権」という。)。

そこで、被告とタイコーは、昭和五六年四月一日、右の各債務を目的として、元本二〇〇〇万円、利息年一割、遅延損害金年二割、弁済期日を昭和五六年七月一〇日とする内容の準消費貸借契約を締結し、同年七月二七日、右契約を内容とする本件公正証書の作成を嘱託した。

2  小林は、横坂と同郷で、横坂の兄とも友人であったので親しい間柄にあり、タイコーの設立、取引にも協力し、また、横坂の住居や資金を援助していた。

このような関係であったから、無担保で貸付をするのは何ら不自然ではない。結果的には、二〇〇〇万円の不良債権となったが、各貸付金はタイコーの工場買受及び製造資金の授助を目的としてなされ、いずれも被告は貸付当時、右資金援助によってタイコーの経営が好転し、これにより被告も利益を取得できると信じていた。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因第2の事実は当事者間に争いがない。

二  債権の同一性について《省略》

三  次に、被告の債権が真正に成立したかどうかについて判断する。

1  被告は、別表のとおりタイコーに対して貸付をしたと主張し、《証拠省略》中にもこれに符合する部分がある。

しかしながら、これら各証拠を仔細に比較検討すると次のような矛盾と不自然な点があり、いずれも措信し難い。

(一)(1)  被告代表者は、乙第二ないし第四号証、第五号証の一の各約束手形を、いずれも被告主張の各貸付日当日(昭和五五年八月二五日、同年九月二四日、同年一一月二五日、昭和五六年二月三日)にタイコーから振出交付を受けたものであると供述する(但し、乙第二、三号証の各約束手形は、手形面上の受取人兼第一裏書人は訴外興和建設株式会社で、被告は第一被裏書人)。

しかし、《証拠省略》によれば、右の各手形用紙はいずれも各貸付日当日には未だ発行されていなかったことを認めることができるのであって、これによれば、タイコーは各貸付日当日これらの手形を振り出すことはできなかった筈である。

(2) ところで、証人横坂は、右の各約束手形は、被告がタイコーの要請により書換に応じたため、いずれも各振出日の後に書き換えた後の手形であって当初振出の各手形の満期は二ないし三か月後であった旨供述する。

しかし、右の供述も次の点で措信し難い。すなわち、被告代表者は、右の各約束手形をいずれも貸付日当日タイコーから受領したと述べ、書換の点には全く触れていないのであるが、貸付の当事者である被告がその点を失念することは通常考えられない。証人横坂の右供述は、前記両名の供述と矛盾する。また、後記(3)の事実に照らしても措信しがたい。

(3) また、右の各約束手形のうち、乙第二号証は昭和五六年二月二五日、乙第三号証は同年三月二五日、乙第四号証は同年五月二五日にそれぞれ満期が到来している筈であるが、それにもかかわらず、被告はこれらの手形の満期到来に伴う当然の措置としての取立にも回さず長期間放置していたことになるのである。《証拠省略》によれば、原告らのタイコーに対する約束手形は既に昭和五六年四月二五日にいずれも不渡になっていることと、被告の各約束手形の額面が高額であることも考え合わせると、被告代表者の態度は、手形債権者としては極めて不自然というほかない。

(4) 以上によれば、乙第二ないし第五号証の各約束手形及び本件各貸付に関する、証人横坂、同水谷義彦の各供述及び被告代表者尋問の結果はいずれも措信し難い。また、乙第二ないし第五号証の各手形は、いずれも各貸付日に振り出されたものでなく、また、当初他の手形が振り出されたうえ書き換えられたものでもないと考えるべきである。

従って、乙第二ないし第五号証の各約束手形も、本件各債権の発生の事実の証拠としてはいずれも採用できない。

(二)  証人水谷義彦は、昭和五五年八月二五日及び同年九月二四日にタイコーから工場の売却代金としてそれぞれ現金二〇〇万円宛受領した旨供述しているが、右供述によっても、各当日に被告がタイコーに各金員を貸し付けた事実を認めるに足りない。

(三)  乙第六号証の借用証について

前述したとおり、被告は、従前のその主張の各貸付の際には、手形その他借用証の類を残さなかったのに、乙第六号証の貸付の際には、借用証を作成したことになるのであって、その主張の貸付金額、第四回目の貸付日から一週間しか経っていないことをも併せて考えると、極めて不自然であり、乙第六号証もまた貸付の事実の書証としては採用することができない。

(四)  さらに、乙第七、八号証の帳薄は、本件の各貸付の直接証拠ではなく、以上検討した各証拠が信用できない以上、これに基づく書証として、採用することができない。

2  以上検討した結果によると、被告主張の各貸付を証するものはなく、かえって次の事実を認めることができる。

(一)  まず、請求原因3(二)の事実のうち、次の事実は当事者間に争いがない。すなわち、

(1) 被告は、各貸付に際してタイコーから担保権の設定を受けていない。

(2) 小林は横坂と個人的に親しく、従前小林の自宅に横坂を同居させていた。

(3) 被告はタイコーの倒産後の昭和五六年七月二七日に至って、本件公正証書を作成した。そして、同年八月一三日には、右公正証書に執行文の付与を受け、同年九月三日債務者送達の債権差押命令により、本件供託金であるタイコーの川口信用金庫に対する六七二万五三五〇円の預託金返還請求権を差し押えた。

(二)  次に、弁論の全趣旨によると、本件公正証書が作成されたのは、原告らのタイコーに対する債権仮差押命令がタイコーに送達された直後であったこと、被告は、それまで、貸金回収の努力をしたことがなかったこと、タイコーに対する原告らの各仮差押命令は公示送達の方法によりなされたが、被告は、倒産後所在不明となっていた横坂の住居を熟知し、本件公正証書を通常の方法で送達したこと、以上の事実を認めることができる。

さらに、本件記録上明らかな事実によると、横坂は本件において当初予定されていた証拠調期日に出頭しなかったが、前記乙第二ないし第五号証の各手形が被告主張の各貸付日以前には発行されていなかった事実の判明した後である昭和五八年三月一八日の証拠調期日に出頭して手形書換の事実をすすんで供述したこと以上の事実を認めることができる。

(三)  右の各事実によると、本件公正証書に記載された債権及びその原因である本件各貸付債権は、いずれも小林と横坂が仮装した架空の債権であると推認するのが相当である。

三  そうすると、被告の本件公正証書上の債権は存在しないことになるから、本件配当表のうち、被告に対する手続費用を除くその余の配当は全部取消されるべきである。

そこで、本件配当金総額六七三万二〇七〇円から手続費用一万七〇四五円を除いた六七一万五〇二五円を原告ヤマトの債権元本金五二五万九一〇〇円と、同麻友の債権元利金一五一万四二一四円(各債権額が確定したことは、弁論の全趣旨により明らかである。)に按分すると、原告ヤマトの前記債権に対する按分額は五二一万三八四二円となり、同麻友の前記債権に対する按分額は一五〇万一一八三円となる(いずれも小数点以下四捨五入)。

四  よって、原告らの本訴請求は理由があるから認容し、取消にかかる被告の配当額を原告らに按分して前記のとおり配当することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菅野孝久 裁判官 加藤一隆 坂部利夫)

<以下省略>

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